日本農薬学会 Pesticide Science Society of Japan
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『農薬とは』その安全性を考える


農薬Q&A ―農薬の安全性に関する疑問に答える―

梅 津 憲 治
大塚化学ホールディングス株式会社
〒540-0021 大阪市中央区大手通3-2-27
神戸大学連携創造本部
〒657-8501 神戸市灘区六甲台町1-1
E-mail: ken-umetsu@otsukac.co.jp

     ※学会誌31巻2号に掲載の資料をHP用にアレンジしたものを掲載しました。
          >>> 資料オリジナルのPDFファイルは こちら をご覧下さい。


はじめに

表1.農薬と食:安全と安心(食の安全性)に関する講演・講義(2003 年10 月以降)ならびに著書・文献リスト


質問 1 :なぜ農薬は「悪いもの」と思われるようになってしまったのですか?

質問 2:1971 年頃BHC,DDT などは,作物に残留し,母乳から検出されたとありますが,これは「人体に害を与えていた」ということですか?

質問 3:質問2 のせいで,「農薬に対する不安」ができ,「農薬は悪いもの」と思われるようになってしまったのですか?

質問 4:農薬は本当にガンとは関係がないのですか?

質問 5:劇物や毒物に分類される恐ろしい農薬を使って栽培された野菜は怖いです.なぜ,まだ使われているのでしょうか?

質問 6:農薬は毒性が強く危険です.なぜ,そんな危険なものを使うのですか?

質問 7:農薬によるアレルギーやアトピーが増えているのが心配です.

質問 8:「農薬は虫を殺す薬品なのだから,人間に対し害があると考えるのは当然である」と思うのですが?

質問 9:農薬の影響に関して,農薬を散布した作物を食べる消費者や環境に対する影響を心配する声はよく耳にしますが,農薬を使用する栽培者に対する影響にはあまり気遣っていないように感じられます.

質問 10:医薬品についても許容1 日摂取量(ADI)という基準があるそうですが,農薬に関するADI と考え方に違いがあるのでしょうか?

質問 11:農薬の中には作物に対する残留基準がないものが多く,それらの農薬が野放しで使用されていて,危険ではないでしょうか?

質問 12:輸入農産物には残留基準を超えるものが見つかっており,人の健康にとって危険ですよね.もし,誤って食べたら中毒になるのではないかと心配です.どうなんですか?

質問 13:中国など外国からの輸入農産物は,農薬で汚染されているので危険です.出来るだけ国内産の野菜を食べるようにしています.

質問 14:どのくらい洗えば農薬は落ちるのですか?調理すれば農薬はなくなるのでしょうか?

質問 15:われわれ消費者は残留農薬を含む食品を毎日食べています.健康に問題がないのでしょうか? 心配です.

質問 16:得体の知れない外国産農薬が個人輸入され使用されているようですが,問題ないのでしょうか? 使っても大丈夫ですか?

質問 17:国内で使用禁止になっている農薬を海外に輸出している企業があるそうですが,問題ではないでしょうか?

質問 18:先生の説明によれば,作物への農薬の残留には問題がないようですね.国民の農薬摂取の実態にも問題がないようですね.それでは,なぜ,国や地方の行政は『農薬を使用しない農業』や,『農薬の使用を半分にする農業』を推進するのでしょうか?国はやはり,残留農薬は人の健康に悪影響を及ぼしていると判断しているのでしょうか?

質問 19:残留農薬に関するポジティブリスト制度とは(講演会における聴衆からの質問)何でしょうか.横文字の耳慣れない言葉ですね!

質問 20:『農薬は怖くていや,でも虫食い野菜もいや』というのは消費者のわがままでしょうか?

質問 21:農薬は人の健康に悪いと言われておりますが,農薬を使わないで,安定した農産物の生産ができるのでしょうか? 農薬を使用しない場合の被害はどの程度になりますか?

質問 22:無農薬栽培の作物が必ずしも安全とは言えないと伺いました.本当ですか?

質問 23:残留農薬を心配していましたが,友人から食べ物に含まれる天然の毒のほうが怖いと聞きました.本当でしょうか?

質問 24:有機栽培を続けるのは極めて困難です.これまでのお話を伺って「農薬の安全性」ということはよく理解できました.「慣行栽培でも農薬を正しく使えば消費者の健康に悪影響はないようですね.しかし,それでは有機栽培は無用なんでしょうか? われわれは,こ れまで無駄なことをしてきたのでしょうか?」

質問 25:病害虫に抵抗性の品種を育成すれば,危ない化学合成農薬を使わなくてもすみますよね.研究は進んでいるのでしょうか?

質問 26:DDT による薬害の話を聞きました.DDT は人の健康にとっても悪い薬です.現在も使われているのでしょうか?

質問 27:「環境保全型農薬技術」とは耳新しい用語です.環境保全型農業との関係を説明して下さい.

質問 28:農薬にも環境ホルモン作用があると言われております.そのような農薬は禁止すべきでないでしょうか?

質問 29:野鳥のトキは農薬のせいで絶滅したと聞きました.ほんとうでしょうか?

質問 30:メダカが減ったのも農薬のせいでしょうか?

質問 31:リスクコミュニケーションが重要とよく言われますが,どのようなことでしょうか? 教えて下さい.

質問 32:遺伝子組換え作物にはどんなものがあるのですか? 病害虫に強いといわれている「遺伝子組換え作物」は人の健康に問題はないのでしょうか? 遺伝子組換え作物の導入により農薬を使う必要がなくなると思いますが!


おわりに


はじめに


 昨今の世界的な環境問題への関心の高まりのなか,地球環境保護が叫ばれ,農業の分野においては,環境保全に配慮した農業,すなわち「環境保全型農業」が推進されるようになった.わが国においては,一般に「農薬や化学肥料が環境汚染の源であり,国民の健康にも悪影響を及ぼしている」という認識が主流をなしているが,長年地道に農薬や肥料の研究に携わってきた研究者との間には異なった認識も存在するように思われる.
 果たして,農薬の使用が,一般に言われるほど,事実として環境や農産物を汚染し,人の健康にも悪影響を及ぼしているのであろうか.
 一般の方々に農薬そのもの,および農薬を使用して栽培される作物やそれらの加工食品の安全性を正しく認識していただくためには,農薬や残留農薬の安全性あるいは潜在的危険性に関して,科学的視点に立脚した検証が必要である.そのうえで,その結果を正確に,かつわかりやすく一般の方々に伝え,納得してもらう過程が必要である.また,このことは国が農薬の使用をどのような理由によって承認し使用方法を決めているのか,そのうえで都道府県が農薬の使用方法の指導などを行っていることに対し理解を深めることにつながる.
 筆者はこれまで長年にわたり,「農薬に対する社会の認識」,「農薬の開発と安全性評価システム」,「残留農薬と人の健康との関係」,「天然物と残留農薬の安全性比較」,「有機農産物の安全性と農薬使用との係わり」,「食の安全性における残留農薬の位置づけ」,「ゴルフ場で使用される農薬 と人の健康との係わり」,「内分泌撹乱化学物質と農薬との係わり」,あるいは「農薬の安全と安心とリスクコミュニケーション」などについて,全国各地で講演活動を行ってきた.また,解説書の出版や解説記事の投稿も行ってきた(表1 のリスト参照).その際には,聴衆や読者に“農薬や残留農薬と人の健康との関係”を正しく理解していただくことに力点をおいて,解説を加えてきた.しかしながら,極めて専門的で複雑な安全性評価のシステムや安全確保の仕組み,ならびにそれらを踏まえた農薬と人の健康との関係を専門外の消費者や農業従事者の方々に理解していただくことは容易ではない.特に一般消費者からは,「図表が沢山入った資料を示されても,それだけで混乱して読む気も,聞く気も起こらない!」との声をよく耳にする.
 そこで本稿では,筆者がこれまで全国各地で行った「農薬の安全性」に関する講演会,パネルディスカッションや大学における講義で出された質問やコメント,ならびに拙著に寄せられた質問に対して答えた筆者なりの回答を“図表なし”で示したい.極めて初歩的な質問から,少々専門的な質問まで広範囲の内容を包含し,答えに窮する質問も含まれる.計32 のQ&A のうち,15 については拙著(農薬と食:安全と安心,表1 参照)に記載した内容について,農薬を取り巻く状況の変化に応じて添削,加筆したものである.残りの17 のQ&A については,新たに追加したものである.一般の方々に農薬を正しく,より深く理解していただくうえで,またリスクコミュニケーションをスムーズに進めるうえで,これらの疑問に対し適切に答えることは極めて重要かつ有意義と思われる.
 以下にそれらの質問に対する図表を使用しない回答例を示す.なお,観点の異なる質問に対する回答が内容的に重複する場合もあることを付記する.

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質問1 :なぜ農薬は「悪いもの」と思われるようになってしまったのですか?(山形県の女子中学生から)
 答え:大変に難しい問いですね.私も貴方と全く同じ思いをもっております.農薬は「悪いもの」との考え方が社会的に確立された理由を私は以下のように推測しております.
 1)今から30 年位前まで使用されていた初期の農薬には,人に対する急性毒性(人が吸ったり誤飲した場合にすぐに現れる毒性)が強いものもあり,農作業に携わっておられた農家の方々が中毒にかかる事例もありました.現在は,このような農薬は全て禁止され,人に対して安全性の高い農薬に置き換わっていますが,当時の「農薬は悪いもの!」とのイメージを現在も引きずっていると思われます.
 2)農薬は環境中に放出されるため,現在では人や野生生物をはじめ環境に与える影響を詳しく調べることが義務づけられております.そのためには,農薬による何らかの影響(例えば,体重の減少,目の痛み,皮膚のかゆみ)が出る濃度(高い薬量)での試験を行います.時として,人や野生生物が食べたり,触れたりする濃度の数千倍から数万倍もの高い濃度で試験を行うこともあります.農薬によっては急性毒性が低く,このような高い薬量の農薬を与えないと動物に影響が出ないからです.しかしながら,このような異常に高い薬量を用いた試験で得られた結果が,一人歩きしてしまい,通常,人が摂取するような低い濃度でも同じような影響が出るとの誤解を生む場合があります.農薬以外の他の化学物質では,このような高い薬量での試験は行いませんので,ことさら農薬が「悪いもの」との誤解を受けるのかも知れません.
 3)1)や2)で述べた内容に関して,一般消費者の理解を得る努力が,農薬の製造・販売業者や農薬の使用に関して指導する立場にある国・県などの行政側に不足していると思われます.
 4)新聞やテレビなどのマスコミにとって,「農薬は悪い!」はニュース性がありますが,「農薬は安全である!」ではニュース性・話題性がないため,農薬によって何か不都合が起きたケース(実際には,誤解と偏見による場合が多いのですが)のみが報道されます.そのため,確率的にはこのようなケースが極めて低くても,『農薬は悪い!』とのイメージを定着させる結果になっていると思われます.
 5)それにしても,専門家や科学者が農薬の安全性について,もっと啓蒙活動(理解してもらうための活動)を行うべきですね.
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質問 2 :1971 年頃BHC,DDT などは,作物に残留し,母乳から検出されたとありますが,これは「人体に害を与えていた」ということですか?(山形県の女子中学生から)
 答え: BHC やDDT は急性毒性という面では問題になるほど毒性の強いものではありませんが,環境中における残留性が高く,生物体内でも分解されにくいために,人の母乳からも検出されたのは事実です.しかし,これらの残留農薬が人の健康に直接害を与えたという報告はありません.おそらく人の健康に害を及ぼすような濃度の蓄積量ではなかったためと思われます.
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質問 3 :質問2 のせいで,「農薬に対する不安」ができ,「農薬は悪いもの」と思われるようになってしまったのですか?(山形県の女子中学生から)
 答え: 30 年以上前だと思いますが,米国のレーチェル・カーソンという学者が『沈黙の春』という農薬の潜在的危険性を啓蒙する本を出版しました.彼女はその本の中で,DDT のような環境中で分解されにくく残留性の高い農薬が“花も咲かず,鳥も鳴かない沈黙の春”をつくると警告しております.DDT そのものは人畜に対する毒性が極めて低いもので,第二次世界大戦後の衛生状態の悪い時代には,ノミやシラミを退治するために人々の頭にDDT を振り掛けておりました.
 現時点で,レーチェル・カーソン女史の警告を再評価してみると,事実の誤認やオーバーな表現も多々見られますが,彼女の警告が,「農薬は悪いもの」とのイメージを人々に植え付けたのも事実です.一方で,これを契機に,より安全性の高い,残留性の低い,環境に対する影響のない農薬の研究開発が加速され,より安全な農薬に取って代わられるようになったのも事実です.
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質問 4:農薬は本当にガンとは関係がないのですか?(山形県の女子中学生から)
 答え: 社会的イメージからして信じがたいかも知れませんが,「農薬はガンの原因ではない」と言えるでしょう.その根拠のひとつは,農薬になり得る候補化合物については,ラット,マウス,イヌなどの実験動物を用いて,その農薬を与えた場合にガンが発生するかどうかを調べる厳密な試験(発ガン性試験)を行っているからです.もし,ガンの兆候が認められた場合には,その化合物は農薬の候補から外され,農薬とはなりません.ずっと以前に登録された農薬には,現在ほど厳密な発ガン性試験を行っていない農薬もありました.そのような農薬は,順次使用できなくなっております.
 さらにもう一つの有力な根拠は,人が毎日食べている作物における農薬の残留の実態を調べてみると,皆様の心配とは異なり残留量はごく僅かであることです(作物から個々の農薬の残留が認められる割合は0.5% 程度).万が一,発ガン物質が食品に含まれていたとしても,その物質を毎日毎日,長期間摂り続けないとガンにはなりません.皆様がスーパーなどから買い求める作物にたまたま,その農薬が含まれている割合は0.5% 程度ですので,毎日毎日その物質を摂取し続ける可能性はほとんど皆無と言えます.したがって,人がその物質が原因でガンになることはございません.
 また,人々が日頃飲食している食べ物の中の何がガンを引き起こすかを「疫学的な手法」(注:疫学とは病気の発生・流行などの諸条件を明らかにし,予防・防止を研究する学問)によって調べている学者の方々も,農薬はガンの発生とほとんど無関係と結論づけております.ちなみに,疫学者があげる食事の発ガン要因とは,(1)植物繊維の摂取不足,(2)過食,(3)脂肪の取りすぎ,(4)食塩の取りすぎ,(5)発ガン性を有する必須微量元素の摂取などであり,農薬そのもの,あるいは作物に微量に残留する農薬はガンを引き起こす原因物質の中に含まれておりません.
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質問 5:劇物や毒物に分類される恐ろしい農薬を使って栽培された野菜は怖いです.なぜ,まだ使われているのでしょうか?(講演会における聴衆からの質問)
 答え: 消費者団体や生協などの要望により,一部の農業団体において「劇物や毒物に分類される農薬の使用を止め,普通物に置き換わる」という動きがあります.しかしながら,これには大きな事実の誤認と誤解があります.
 登録・販売される農薬については原体(工業的に生産された農薬製品)ならびに製剤(実際に散布される農薬製品)ごとに実施される,各種の急性毒性試験の結果に基づいて,「劇物」,「毒物」そして「普通物」(法律上は『普通物』の区分はなく,便宜的に使用されています)に分類されます.この分類は農薬の危険性を強調するものではなく,その急性毒性に応じ農薬の製造,流通および散布に従事する者(農薬工場の労働者,トラック運転手,農薬散布従事者など)に対し取扱いの注意事項を示すものです.農薬そのものや散布された農薬に直接に接触する機会のない消費者にとって急性毒性は問題ではなく,日々作物を通じて残留農薬をごく微量ずつ摂取し続けた際に,慢性的な健康への影響(慢性毒性)があるか否かが心配すべき対象です.したがいまして,病害虫の防除に「急性毒性の値から劇物に分類された農薬を使用したから,消費者に危険」,「普通物を使用したから安全」といった色分けは当てはまりません.その農薬の急性毒性が強くても,慢性毒性面で問題がなければ作物を摂取する消費者には安全であり,逆に急性毒性が弱く普通物であっても,慢性毒性面で影響があれば,消費者にとって大きな問題となるからです.この点は社会的にしばしば誤解されるようです.
 作物の栽培に劇物あるいは毒物に分類される農薬が使用されても,作物残留の実態から判断して,普通物が使用された場合と同様に消費者に対する健康には何ら問題がないのです.
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質問 6:農薬は毒性が強く危険です.なぜ,そんな危険なものを使うのですか? (講演会における聴衆からの質問)
 答え: 「農薬は総じて毒性,特に急性毒性が強く人の健康に良くない!」という認識をお持ちの方が大勢いらっしゃいますが,誤解や思い込みによるところが大きいようです.大部分の農薬は(有機合成)化学物質に属しますが,われわれの身の回りに存在する同じ化学物質である天然の化学物質や一般化学物質と比べて農薬ゆえに毒性が強いということはありません.
 化学物質の急性毒性の強さは,専門的には50% 致死量で表されます.50% 致死量とは動物にある物質を与えた場合に,その半数が死亡する薬量で,動物の体重1 キログラム当たりの物質のミリグラム数で表します.数値が小さければ小さいほど,毒性が強いことを示しております.
 そうしますと,農薬には50% 致死量が24 mg のEPN から10,000 mg 以上のフルトラニルまでさまざまなものがございますが,ボツリヌス菌毒素(0.00000032 mg)やフグ毒のテトロドトキシン(0.01 mg)などの天然毒素よりははるかに急性毒性が低いことが理解いただけるかと思います.また, タバコの成分であるニコチンの50% 致死量は5060 mg,トウガラシの辛味成分のカプサイシンでは6075 mg です.農薬の多くは,人々が日々摂取したり接触しているニコチンやカプサイシンより毒性が低いのが実情です.食塩にも50%致死量がございまして,3,000 mg です.その食塩よりも毒 性の低い農薬も少なくありません.
 以上のように,“農薬はすべて毒性が強く危険” というイメージは的を射ていないようです.“人工物か否か”,“人が作り出したものであるか否か”,あるいは“天然物か否か”に全く関係なく,その化学物質それぞれについて,個々に毒性を検討してから,その物質の危険性を議論すべきと思われます.
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質問 7:農薬によるアレルギーやアトピーが増えているのが心配です.(大学における講義受講者のコメント)
 答え: 「アレルギーやアトピーが増えたのは農薬のせいだ!」と一部のマスコミが取り上げることがございますが,根拠が希薄な場合が多いようです.農薬の研究開発においては,すべての農薬候補化合物につきまして,アレルギーやアトピーを引き起こすか否かの動物試験が義務づけられております.皮膚・眼刺激性試験,皮膚感作性試験,あるいは一般薬理試験の一部がそれに相当します.もし,動物試験でアレルギー性やアトピー性の兆候が認められた場合には,通常,その化合物は農薬の候補から外されます.したがいまして,農薬がアレルギーやアトピーの原因になるのは極めてまれと考えられます.ただし,アレルギー反応やアトピー反応に極めて敏感な人も存在し,動物試験で陰性でも,ごく一部の人にアレルギー反応やアトピー反応が現れる可能性は否定できません.
 一方,花粉,一般化学物質,車の排気ガスに含まれる各種化学物質につきましては,農薬の場合のような厳しい試験が実施されておりませんので,それらの中にはアレルギーやアトピーを引き起こす物質が含まれているようです.世の中で見られるアレルギーやアトピーは多くの場合,農薬以外のものが原因であると考えられます.
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質問 8:「農薬は虫を殺す薬品なのだから,人間に対し害があると考えるのは当然である」と思うのですが?(大学における講義受講者のコメント)
 答え: 「虫を殺すのだから,人にも害があるはずだ」という,コメントや心配をよく耳にしますが,誤解や理解不足(科学者の説明不足)の場合が多いようです.
 分類学上,虫も人間も同じ動物界に属し,農薬のような化学物質に対する反応,すなわち“害の受けやすさ”には,共通するところがありますが,農薬の研究を行っている科学者は長年にわたり『虫を殺すが人畜には害のない』殺虫剤の開発にしのぎを削ってきました.昆虫と動物との間における化学物質の代謝・分解(解毒や活性化)の仕組みの違いや微妙な生物学的反応性の違いを利用して,「昆虫には効果を示すが,人畜には毒性の低いあるいは無い農薬」(専門的には,『選択毒性』を示す薬剤といわれます)の開発を行ってきた訳です.
 結果として,昔に開発された農薬は別として,現在使用されている殺虫剤の多くは選択毒性を示し,人畜に対する毒性が低いにもかかわらず,殺虫活性が高いという特性を有します.ですから,『農薬は虫を殺す薬品なのだから,人間に対し害があると考えるのは当然』と判断するのは妥当ではありません.
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質問 9:農薬の影響に関して,農薬を散布した作物を食べる消費者や環境に対する影響を心配する声はよく耳にしますが,農薬を使用する栽培者に対する影響にはあまり気遣っていないように感じられます.(大学における講義受講者のコメント)
 答え: 「農薬の人の健康に及ぼす影響」に関する対応につきましては,作物に微量残留する,あるいは残留する可能性のある農薬を摂取する消費者に対する健康影響に関心が偏っていると感じられるかも知れませんが,農薬に直接触れる可能性がある農薬散布従事者(農家)や農薬製造工場の労働者に対する健康影響についても対策が講じられております.
 農薬について実施される各種の安全性試験の中で,急性毒性試験(経口毒性,経皮毒性,吸入毒性,眼刺激性,皮膚刺激性,皮膚感作性,神経毒性試験など)は,農薬に直接接触あるいは暴露する可能性のある栽培者や農薬の工場労働者に対する影響を念頭において行われるものです.これらの試験結果を踏まえ,毒性が強く栽培者等の健康に重大な影響があると判断される場合は,農薬として認可されません.急性毒性が中程度以下で,農薬の使用者(農薬散布者)が注意深く防護策を講じれば問題がないと判断される場合には,「使用上の注意事項(たとえば,手袋,メガネなどの着用)」の徹底が図られます.すなわち,栽培者への影響を極力なくす努力が図られていると言えます.それにしても,使用上の注意事項を遵守することは極めて重要です.
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質問 10:医薬品についても許容1 日摂取量(ADI)という基準があるそうですが,農薬に関するADI と考え方に違いがあるのでしょうか?(拙著「農薬と人の健康」の読者からの質問)
 答え: 人に対する許容1 日摂取量(ADI)の設定に関しましては,医薬品と農薬との間には基本的な部分で考え方に違いがあります.医薬品の場合はADI 近傍の薬量で人(患者)に何らかの悪影響(副作用)が発現しても,治療効果が認められる限り,医者などの専門家が薬を処方することにより悪影響を避けることができるという考え方を取っております.むしろ,人に対する薬剤の有効性を最大限に発揮させるために,悪影響すなわち,副作用をコントロールすることが重要とされます.
 一方,農薬の場合は,食物中に残留している(かもしれない)農薬に人(消費者)が無差別に暴露される可能性があるため,過剰と思えるほど多くの毒性試験が義務づけられています.そのため,動物実験から得られる無毒性量(毎日一生涯にわたり摂取し続けても,何らの毒性影響もない最大の薬量)に安全係数として1/100 を乗じて,人に対するリスク評価を行いADI が設定されます.
 このように医薬品とは異なり,農薬の場合には最悪の事態を想定し,念には念を入れて人に対する安全性を確保するという考え方でADI の設定がなされているのです.
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質問 11:農薬の中には作物に対する残留基準がないものが多く,それらの農薬が野放しで使用されていて,危険ではないでしょうか?(講演会における生協組合員からの質問)
 答え: わが国においては,現在,環境省が設定してきた農薬登録保留基準と厚生労働省が設定してきた(2002 年7月より食品安全委員会が設定)残留農薬基準という2 種類の農薬の残留に関する基準があります(今後新規に登録される農薬については残留農薬基準に一本化されます).ご指摘の残留農薬基準が設定されていない農薬については,農薬の登録時に環境省が必ず設定してきた農薬登録保留基準(残留農薬基準と同等の厳密なリスク評価により設定)が適用されますので全く問題がありません.したがいまして,農薬が野放しで使用されることはありません.
 国の縦割り行政の弊害か,厚生労働省関係者は残留農薬について説明する際に,食品衛生法に基づく残留農薬基準にしか触れない傾向にあります.残留農薬設定されていない農薬については,農薬の登録時に環境省が設定する「農薬登録保留基準という残留農薬に関する基準が存在する」ことに触れないことが,大衆の誤解と不安を招いているように思われます.科学者や行政は,農薬について「全体像が理解できる説明」を心がける必要があります.
 なお,2006 年5 月より残留農薬に関する“ポジティブリスト制度”が導入される予定で,状況が大きく変わると思われます(質問19 参照).
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質問 12:輸入農産物には残留基準を超えるものが見つかっており,人の健康にとって危険ですよね.もし,誤って食べたら中毒になるのではないかと心配です.どうなんですか?(講演会における一般消費者からの質問)
 答え: 残留農薬基準は『急性毒性が発現するか否か』ではなく,『数ヶ月,数年,一生涯といった長期間にわたり残留農薬を含む作物を毎日食べ続けた場合に慢性毒性が発現するか否か』を指標に決められます.したがって,一回や二回あるいは数回にわたり少々基準を超える残留農薬を摂取しても,急性の健康障害は起こらないと判断されます.
 皆様は残留基準を超えた農薬を1 回でも摂取すれば,直ちに健康障害(急性中毒)が発現すると誤解していますが,そのようなことはありません.作物中の農薬の残留基準は慢性毒性が発現するか否かという観点から設定されているのであり,急性毒性が発現する濃度よりはるかに低い濃度(通常は,数百から数万分の一の濃度)に設定されているという説明が,行政や科学者サイドから欠如あるいは不足していると思われます.
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質問 13:中国など外国からの輸入農産物は,農薬で汚染されているので危険です.出来るだけ国内産の野菜を食べるようにしています.(講演会における聴衆のコメント)
 答え: 輸入農産物における農薬残留について述べる前に,国内産の作物における農薬残留の実態を検証してみましょう.毎年実施されている国や都道府県あるいは生協や農協などの民間団体における残留農薬の検査結果をみますと,個々の農薬の検出率の平均値は0.51% 程度です.残留基準を超える農薬が検出される割合はさらに低く,0.01〜0.05% 程度です.消費者やマスコミは,往々にして基準を超えて残留した事例のみを問題視する傾向にありますが,残留基準が『その濃度の残留農薬を毎日一生涯摂取し続けた場合でも,人の健康に何らの影響も出ない,例えば体重が減少する,あるいは特定の酵素レベルが若干低下するといったことさえも起こらない濃度』といった観点から設定されていることを考慮すれば,国民の健康にとって全く問題がない残留実態と言えます.基準を超えた残留農薬を含む作物(全体の0.01〜0.05% しかない)を毎日毎日一生涯食べ続ける可能性はほぼ皆無(ゼロ)と言えるからです.
 さて,それでは外国からの輸入農産物はどうかということですが,『中国産の冷凍ほうれん草における残留農薬』報道に代表されるように,輸入農産物については,国内産に比べ農薬汚染の程度が高く危険というイメージが定着しているように思われます.ところが,グローバルな残留農薬の検査結果をみますと,国内産と比べ農薬残留の程度に有意な差はございません.輸入農産物における残留農薬の検出頻度が国内産農産物に比べ特に高いという事実は認められません.例えば,厚生労働省が毎年全国で実施している30 万50 万件の食品中の残留農薬検査結果をみますと,国内産と外国産農産物との間で農薬残留の程度に有意差はございません.輸入農産物についても,残留農薬による健康被害の恐れは極めて低いと言えます.
 確かに,前述の輸入冷凍ほうれん草のように,残留基準を大幅に超える残留農薬が検出されるケースも稀にございますが,その際には直ちに輸入停止措置が取られるため,残留基準を超えた農薬を含む農産物が継続的に流通することはありません.したがって国民が残留基準を超える量の農薬を長期間にわたって摂取し続けることもございません.『輸入冷凍ほうれん草』のケースは国民の健康を守るための『安全確保の仕組み』が適切に作動した事例と考えるべきと思われます.
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質問 14:どのくらい洗えば農薬は落ちるのですか?調理すれば農薬はなくなるのでしょうか?(講演会における聴衆からの質問)
 答え: 「どのくらい洗えば農薬が落ちるか」については,洗う程度の表現は微妙ですが,多くの農薬については家庭における普通の洗浄方法でかなりの割合で除去されます.
 作物を収穫後に,『水洗』や『煮る,いためる,焼く,蒸す,漬ける』などを行った場合に,残留農薬がどの程度減少するかという研究が幾つかの大学でなされています.データによれば,水洗による農薬の減少率は,その農薬の水に対する溶けやすさにもよりますが,15% から多いもので90%に達しています.また,『煮る,いためる,焼く,蒸す,漬ける』などの調理によっても1090% の減少率となります.したがいまして,水洗の後,調理を行えば作物の残留農薬量が大幅に減少すると言えます.
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質問 15:われわれ消費者は残留農薬を含む食品を毎日食べています.健康に問題がないのでしょうか? 心配です.(講演会における聴衆からのコメント,質問)
 答え: 厚生労働省は,日常の食事を通じてわれわれ日本人が摂取している残留農薬の量を明らかにするために,国民栄養調査を基礎としたマーケットバスケット調査方式による「農薬1 日摂取量調査」を実施しています.
 1991 年1998 年の8 年間の調査結果によれば,調査した94 農薬のうち77 農薬については,いずれの食品群においても農薬がまったく検出されませんでした.一方,いずれかの食品群において残留農薬が検出された17 種の農薬に関するデータをみますと,臭素については許容1 日摂取量の12.816.3% に相当する量をわれわれは摂取していることになりますが,その摂取は残留農薬由来ではなく海産物や味噌,しょうゆなどに含まれる天然物由来と考えられます.それ以外の農薬については,許容1 日摂取量に対する比率は最大でも5.2%(パミドチオン)で,多くの場合3% 以下です.したがって,国民の農薬摂取の実態は,健康に影響を与える心配のない摂取量と言えます.
 なお,残留が認められない場合でも,安全性を優先するという考え方に基づき,当該農薬の検出限界(分析機器で検出できる下限値)の20% 相当の残留農薬が存在すると仮定して農薬摂取量を算出します.その結果,「残留農薬の検出事例がなかった77 農薬」に関する摂取量も国民の健康に問題がないものでした.
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質問 16::得体の知れない外国産農薬が個人輸入され使用されているようですが,問題ないのでしょうか? 使っても大丈夫ですか?(地方のある農協職員からの質問)
 答え: 国内で登録のない,いわゆる無登録農薬(登録がない薬剤は,法律的には農薬に該当しませんので,正確には「農薬と同一の成分を有効成分として含む薬剤」ですが)は,ご指摘のとおり大きな社会問題となっておりました.自家消費用と称して個人輸入された外国産の農薬は,農薬取締法で取締まることができず問題となりました.しかしながら,数年前に農薬取締法が改正され取締まれるようになりましたので,無登録農薬は出回らなくなったかと思います.
 外国で生産される無登録農薬については安全性データが存在するか否か不明ですので,安全性の保障は全くありません.また,無登録農薬が問題視される科学的根拠の一つは,同じ有効成分の農薬でも国内と製造方法が異なる農薬の中に毒性の面で問題となる未知の不純物が含まれている可能性があることです.それらの不純物が人の健康に思わぬ害を及ぼす恐れがあります.過去に,WHO がパキスタンで実施したマラリア撲滅作戦の際に,作戦に使用した農薬の原体や製剤製品に大量の不純物が含まれていて,大規模な中毒事故が発生した事例もあります.
 当地では無登録農薬が横行していたとのことですが,どうぞ,これからも無登録農薬は,「買わない」,「使わない」ということを徹底して下さい.
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質問 17:国内で使用禁止になっている農薬を海外に輸出している企業があるそうですが,問題ではないでしょうか?(地方のある農協職員からの質問)
 答え: 過去に日本国内で,急性毒性,作物残留性など種々の理由で使用が禁止された農薬,例えばDDT,BHC,クロルデンなどの農薬について,国内メーカーが輸出を継続しているという事例はないと思います.メーカーとしては国内で安全性問題が原因で販売を停止した農薬は海外にも輸出しないのが当然のやり方です.ただ,国内での使用禁止にともない輸出を停止しようとしたところ,輸出先の国と企業の強いクレームにより外交問題に発展し,一定期間輸出をやむなく継続した事例が1 件あるそうです.この剤についても,現在は輸出していないとのことです.また,もともと日本では何らかの理由で(例えば対象となる害虫や病気の発生がなく市場性に乏しい),登録申請が行われずに海外のみで使用されている農薬もあります.
 いずれにしろ,「農薬の安全確保」は国内外を問わず実施されていると言えます.
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質問 18:先生の説明によれば,作物への農薬の残留には問題がないようですね.国民の農薬摂取の実態にも問題がないようですね.それでは,なぜ,国や地方の行政は『農薬を使用しない農業』や,『農薬の使用を半分にする農業』を推進するのでしょうか?国はやはり,残留農薬は人の健康に悪影響を及ぼしていると判断しているのでしょうか?(講演会における消費者団体役員からの質問)
 答え: 私もあなたと全く同じ疑問をもっています.国は,科学者を総動員して,各種の安全性データを基に,国民の残留農薬に関する許容1 日摂取量を決め,それに基づき作物への残留基準を決定しております.「これこれ以下の残留量なら,国民の健康に全く悪影響がございません」と言っておきながら,一方で,農薬の使用を半分にする農業を推進するという自己矛盾を犯しております.「この現象をどのように説明するのですか」とお役人に質問しても,答えを得たためしがございません.これをやらないと“予算がとれません”という冗談めいた答えが返ってくるのみです.
 国民の間には農薬や残留農薬は問題がないといくら説明しても,『やっぱり農薬はいやだ』,『無農薬栽培や有機栽培を行いたい』,『無農薬野菜や有機栽培野菜が欲しい』というニーズは常に存在します.そのようなニーズが存在するなら,行政として“キチンとそれらに対応した基準やガイドラインを作りましょう”ということだと思われます.その結果,農薬の安全性とは別の観点から,行政の中に“農薬は安全”と言う課と“農薬の使用を減らしましょう“ と主張する課とが隣り合わせに居を構えるという『奇妙な現象』が生じていると私は理解しております.
 このように,冷静に判断すると,科学的にみた農薬の安全性の問題と有機農業や減農薬栽培の理念にはギャップがあるように見受けられます.
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質問 19:残留農薬に関するポジティブリスト制度とは(講演会における聴衆からの質問)何でしょうか.横文字の耳慣れない言葉ですね!(講演会における聴衆からの質問)
 答え: 昨今の作物に残留する農薬への漫然とした懸念の広がりや,外国産農産物の輸入増大にともない,国内で使用される残留基準が設定されている農薬のみならず,世界中で使用されている全ての農薬と作物の組み合わせに対して残留基準を設定すべきという考え方が広がってきました.
 「残留農薬のポジティブリスト」制度とは,食品衛生法に基づく残留農薬基準が設定されていない農薬が『一定量』を超えて残留する食品の販売等を原則禁止する制度で,2006 年5 月より導入されます.『一定量』とは何かと申しますと,科学的見地から“人の健康を損なうおそれのない量”とみなされる量であり,種々検討の結果,0.01 ppm が採用されることになりました.この数値が,一律基準と呼ばれるものです.
 ところで,現在国内における農薬の作物残留に関する基準としては,「残留農薬基準」と「農薬登録保留基準」があります.ポジティブリスト制度では食品衛生法に基づく「残留農薬基準」の存在しないすべての農薬ならびに作物について,国内外で科学的な根拠に基づいて定められている基準等を参考に暫定基準を設定し,それ以外のものに対しては一律基準(0.01 ppm)を適用することになりました.
 現在,国際的に食用農産物に使用が認められている農薬数は,約700 であり,そのうち国内で食品衛生法による「残留農薬基準」が設定されている農薬数は250(農薬取締法に基づいて農薬登録保留基準が設定されている農薬は約350)です.残りの農薬については,国際基準であるコーデックス基準や農薬登録保留基準ならびに欧米先進国で科学的データに基づいて設定されていると判断される基準を参考に定められました.
 このようなシステムで設定された残留基準をもとに輸入農産物を含めたすべての農産物や畜産物中に存在する残留農薬の安全性を確保しようとする制度です.
 ところで,一部の生産者や農家の方々に誤解されているようですが,国内で農業生産に使用できる農薬は,ポジティブリスト制度が導入された後においても日本の農薬登録を有し,かつ「残留農薬基準」もしくは「農薬登録保留基準」を有する農薬のみです.ポジティブリスト制度は,農薬使用に関する制度ではなく,農薬の残留を規制する制度です.
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質問 20:『農薬は怖くていや,でも虫食い野菜もいや』というのは消費者のわがままでしょうか?(講演会における聴衆からの質問)
 答え: 農薬を使用して害虫を駆除したために“虫食い”の見られない野菜は,農薬が残留していて人の健康に悪い,やはり怖いと思われる消費者が多いようです.「虫食い野菜をなくすためには,人の健康にも悪い農薬を少々使用するのは止むを得ない」という感想は,消費者の思い違いです.
 質問8 に対する答えでも触れましたが,分類学上,虫も人間も同じ動物界に属し,農薬のような化学物質に対する反応,すなわち“害の受けやすさ”には,共通するところがありますが,研究者の長年の努力により『虫を殺すが人畜には害のほとんどない』殺虫剤が数多く開発されました.昆虫と動物との間における化学物質の代謝・分解(解毒や活性化)の仕組みの違いや微妙な生物学的反応性の違いを利用して,昆虫には効果を示すが,人畜に対する毒性の低いあるいは無い(専門的には選択毒性と呼ばれます)農薬の開発に成功しました.
 昨今はこのような選択毒性を有する,すなわち人に対する毒性が極めて低い殺虫剤を使用して虫食いのない野菜を作っていますので,怖がる必要はございません.『農薬は怖くていや,でも虫食い野菜もいや』というのは消費者のわがままではないのです.
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質問 21:農薬は人の健康に悪いと言われておりますが,農薬を使わないで,安定した農産物の生産ができるのでしょうか? 農薬を使用しない場合の被害はどの程度になりますか?(講演会における聴衆からの質問)
 答え: :「農薬が正しく使用された場合の人に対する安全性は保障されている」ということは既にご説明したとおりです.ところで,病害虫の発生や雑草の繁茂に適した温帯に属するわが国の気象条件や現在の栽培体系を考慮すれば,農薬を使わないで,安定した農産物の生産を行うのはかなり困難と言わざるを得ません.
 現在の栽培体系のなかで,農薬を使用しないで作物を栽培した場合の病害虫による被害に関する実態調査が幾つかの機関で実施されています.その一つとして,(社)日本植物防疫協会が平成2 年4 年の3 ヶ年にわたり,公開試験の形で実施した試験がございます.
 試験結果によれば,イネでは,運良くウンカ類やいもち病などの病害が発生しなければ,農薬を使用しなくても(品質を問わなければ)栽培できるケースも見られます.ただし,イネに関する農薬を使わない栽培試験は全国11 ヶ所で行われ,平均の減収率は27.5% でした.この減収率は,政府が毎年発表する作況指数に換算すれば,“凶作”に相当します.
 リンゴ,モモなどの果樹類に関しましては,農薬を使用しない場合の減収率はすべての試験で100% 近くとなります.現在の栽培体系では,農薬を使用せずにこれらの果樹を栽培するのは困難と思われます.その他の作物,キャベツ,ダイコン,きゅうり,とうもろこしなどにおいても,大なり小なり同様の傾向にあります.
 以上の試験結果は,“農薬を使用しない”で作物を商業的に,大規模に生産するのはかなり困難であり,農薬の適切な使用が不可欠であることを示しております.
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質問 22:無農薬栽培の作物が必ずしも安全とは言えないと伺いました.本当ですか?(大学における講義受講者からの質問)
 答え: :「農薬のような化学物質が消費者の健康に及ぼす影響」という視点に立てば,作物の栽培に農薬が使用されたか否かは問題ではなく,栽培された作物に「人の健康に悪影響を及ぼす」程度の量の農薬が残留しているか否か,さらには農薬以外の毒性物質が含まれているか否かが問題となります.すなわち,人がその生存のために食べる作物そのものが人の健康に悪影響を及ぼすか否かを検討すべきで あると思われます.
 昨今,農薬の残留を恐れるあまり,無農薬あるいは減農薬を志向し,その栽培に安全性の保証の全くない「いわゆる無農薬・有機農業用資材」を使用するケースが多々見られます.これらの資材,すなわち漢方薬,天然物,木酢,活性汚泥,無機物などの中には明らかに安全性上問題があると判断される物質が含まれるケースが見受けられます.したがいまして,「無農薬で栽培されたのでその作物は安全である」とは必ずしも言えません.むしろ,安全性の保証された農薬を正しく使用して栽培される作物については「人の健康に安全」ということができます.無農薬あるいは減農薬栽培用と称して野放しに使用されている農業資材の安全性についても,農薬と同じレベルで検討されるべきであると私は考えております.
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質問 23:残留農薬を心配していましたが,友人から食べ物に含まれる天然の毒のほうが怖いと聞きました.本当でしょうか?(講演会における聴衆(消費者)からの質問)
 答え: 「食べ物と人の健康との関係」を考えた場合に,われわれはさまざまな毒性物質を日々摂食する可能性をもっております.食品添加物と残留農薬がセットで問題視されることは,皆様ご承知の通りです.その他に,もともと作物に含まれる毒性物質(例えば,わらびに含まれる発ガン物質のプタキロシドや,じゃがいもの芽の部分に多く含まれるソラニンなど)も多数あります.作物の保存中に生成する化学物質(例えば,ナッツ類に生えるカビがつくるアフラトキシンなどの毒素や,ベロ毒素のように大腸菌O-157がつくる毒素)もございます.食べる過程で生成する毒素(例えば,アミンと亜硝酸塩との食べ合わせで生成するニトロソアミン)も潜在的には大きな問題です.日頃消費者が脅威に曝される対象として,ひょっとしたら,残留農薬よりもこのように作物にもともと含まれている,あるいは作物の保存や摂食過程で生成する毒物のほうが多いかも知れません.一方,作物の中にはこれらの毒性物質の作用を抑える物質,例えばビタミンC,b -カロチン,スルフォラファンなども含まれております.
 消費者の方々には,「残留農薬や食品添加物にのみ目を向けるのではなく,“食べ物と人の健康の関係”という観点から,人が摂取する可能性のある各種の化学物質を総合的に考慮して,人の健康に何が問題であり,何が問題ではないかを判断していただきたい」と申し上げたいと思います.残留農薬も人が摂取する可能性がある種々の化学物質の中の一つに過ぎないということを理解する必要があります.ともすれば誤解と偏見によって見られがちな農薬に対する正しい理解が生まれることを期待したいものです.また,生協や消費者団体の指導者の方々には,「食べ物と人の健康との関係」に総合的に光を当て,科学的,客観的事実に基づいて,消費者の健康指導に当たって頂きたいと思います.
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質問 24:有機栽培を続けるのは極めて困難です.これまでのお話を伺って「農薬の安全性」ということはよく理解できました.「慣行栽培でも農薬を正しく使えば消費者の健康に悪影響はないようですね.しかし,それでは有機栽培は無用なんでしょうか? われわれは,こ れまで無駄なことをしてきたのでしょうか?」(農薬の安全性に関する座談会における有機栽培農家からの質問)
 答え: ご指摘のとおり,農薬を使用する慣行栽培でつくられた作物も人の健康にとっては別段問題がないということを多くのデータが示しております.一方,有機農業は歴史的に見て,「農薬は危ないんじゃないか? 人の健康に悪影響があるんじゃないか?」という疑念から始まっておりますが,現在では「地域の農業振興」,「高付加価値の差別化作物の生産」といった経済的な側面にも力点が置かれています.
 質問18 に対する答えでも触れましたが,農薬の安全性については国が科学者を動員して安全基準をつくり,安全性の審査をクリアした農薬について「このような使い方をすれば人の健康には問題ないですよ」と指導しています.また,作物における残留データや日本人の農薬摂取量に関するデータをみても問題がないことがわかります.
 しかしながら,国や識者がいくら「農薬は安全だ」と声高に言っても,消費者には結局農薬を半分にして欲しいとか,農薬は危ないという認識をどうしても拭いきれずに,有機農業への要望があります.そこで,そういう要望があるのなら「そのような農業に関する基準を作りましょう」という考え方が国や地方行政にあります.
 冷静に判断すると,科学的に見た農薬の安全性の問題と有機農業や減農薬栽培の理念にはギャップがあります.しかしながら,消費者から有機栽培や減農薬栽培の作物に対する要望があるのなら,ビジネスとしてそのような栽培を行うことに問題はないと私は考えております.消費者に対し安心を提供できるのなら,消費者の要望に答える形の作物を生産し,付加価値をつけて高い価格で販売されたらいかがでしょうか.
 ただし,その場合でも栽培する作物の人の健康に対する安全性には十分な配慮をすべきでしょう.
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質問 25:病害虫に抵抗性の品種を育成すれば,危ない化学合成農薬を使わなくてもすみますよね.研究は進んでいるのでしょうか?(大学における講義受講者からの質問)
 答え: 有機栽培を手がけている農家や農学の専門家の間で,「病害虫に対する抵抗性品種の育成により農薬使用に起因する潜在的リスクを回避できる」との主張があるのは事実です.しかしながら,植物病理学を専攻の方はご存じのとおり,抵抗性のメカニズムは多くの場合,「作物が自身を守るために,作物中に存在する毒性物質の濃度を高める,あるいは新たに毒性物質をつくり出す」ことにあります.無論,毒性物質の量を増やすこととは別の抵抗性のメカニズムもございますが,抵抗性作物をつくり出すことにより化学合成農薬の使用量は減らせるが,逆に作物に含まれる各種の天然毒性物質の量を増やす結果になる場合があります.
 これらの抵抗性作物が新たに作り出した,もしくは抵抗性品種がゆえに含量が増加した天然化学物質の中には人の健康に悪影響を及ぼすものも多く,人の健康にとって化学合成農薬よりも問題となる場合があります.このように抵抗性品種の育成が必ずしも,化学合成農薬の代替えとなるわけではないことを理解いただきたいと思います.
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質問 26:DDT による薬害の話を聞きました.DDT は人の健康にとっても悪い薬です.現在も使われているのでしょうか?(大学における講義受講者からのコメント,質問)
 答え: マスコミの報道などの影響を受け,皆さんの中には「DDT は毒性の強い恐ろしい薬であり,人の健康に重大な悪影響を与えた」と理解している方が大勢いらっしゃいますが,科学的,客観的にみた場合,DDT による人に対する直接的な毒性問題が発生したことはないと思われます.
 質問3 に対する答えでも触れましたが,30 年以上前だと思いますが,米国のレーチェル・カーソンという学者が「沈黙の春」という農薬の潜在的危険性を啓蒙する本を出版しました.彼女はその本の中で,DDT のような環境中で分解されにくく残留性の高い農薬が“花も咲かず,鳥も鳴かない沈黙の春”をつくると警告しております.DDT そのものは人畜に対する急性毒性が極めて低いもので,第二次世界大戦後の衛生状態の悪い時代には,ノミやシラミを退治するために人々の頭にDDT を振りかけておりました.私自身も子供の頃に頭からDDT を撒かれた記憶が残っております.このことによる急性中毒問題が発生したという事実はございません.
 現在,先進国においてはDDT の使用が禁止され,わが国においても全く使用されていません.DDT については,「環境中で極めて安定で,生物濃縮性があり将来的に環境生物に悪影響を及ぼす恐れがある」というのが,禁止の理由(現実に悪影響が認められたか否かは不明)であり,「急性毒性が強く,人の健康に危険」というのが理由ではありません.発展途上国のインドなどでは,マラリア(世界中で年間3 億人が感染し,100 万人以上が死亡)を媒介する蚊を防除するために今でもDDT が積極的に使用されております.直近にどの程度の影響があるかわからないDDT の潜在的環境影響への配慮より,人の命を救うことに重点をおく政策にわれわれ先進国の人間が苦言を呈するのは困難です.
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質問 27:「環境保全型農薬技術」とは耳新しい用語です.環境保全型農業との関係を説明して下さい.(講演会における地方の農業試験場研究員からの質問)
 答え: 「環境保全型農業」は広い意味で環境保全に資する農業を指しているのですが,農業関係者や消費者の間では農薬に対する漫然とした不安を背景に「農薬を使用しないこと,あるいはその投入量を削減することが環境保全型農業である」という短絡的な認識が広まっております.
 最近の科学的な検証結果を踏まえると,環境保全に資する農業を推進するに当たり『農薬が農産物や環境を汚染している』という前提に立つこと,あるいは農薬を否定的に捉えることは,必ずしも妥当とは言えないことが明らかとなって参りました.したがいまして,農薬を肯定的に捉え,環境保全に役立つ農薬に関する各種の技術,すなわち“環境保全型農薬技術”を積極的に展開することが環境保全型農業を実現するうえで重要かつ現実的方策と思われます.
 過去数十年間の農薬科学の進歩を振り返ってみると,「環境中で分解されやすく残留性の低い農薬の開発」,「極めて低い薬量で効果を発現する低投入型の農薬の開発」,「農薬の残留量の削減と環境への負荷軽減を目指した“農薬の製剤技術や製剤施用技術”の開発」などの環境保全型農薬技術の展開が積極的に推進されてきたことが明らかとなります.これらの環境保全型農薬技術は,事実として,環境保全型農業の展開に大きく貢献してきました.
 農薬の研究開発において,環境保全型農薬技術を重視する傾向は今後ますます顕著になるものと思われます.したがいまして,環境保全型農薬技術は環境保全型農業を達成するための重要な技術,手段であると明白に位置付ける必要があると考えます.
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質問 28:農薬にも環境ホルモン作用があると言われております.そのような農薬は禁止すべきでないでしょうか?(講演会における聴衆からの質問)
 答え: :「環境ホルモン」問題につきましては,各メディアからいろいろな情報が発信されておりますが,いたずらに恐怖を煽り立てるものが少なくありません.何やら恐ろしい「環境ホルモン」という言葉だけが一人歩きをして,多くの人々を不安と混乱に陥れている面があります.
 環境省が1998 年に公表した「内分泌撹乱作用(“環境ホルモン”は通称)を有すると疑われる67 化学物質」の中に43 もの現行登録農薬ならびに農薬関連化合物(失効農薬や国内登録のない農薬)が含まれていたのは事実です.しかしながら,その後それらの農薬や農薬関連化合物をリストに含めた際の科学的根拠が乏しいことが判明し,環境省は2000 年になって農薬や農薬関連化合物については,「優先して調査研究を進める化合物」と見解を変更しました.同時にトリブチルスズなど8 化合物(農薬や農薬関連化合物は含まれていない)に関するリスク評価を優先して行う旨を表明していることから,専門家は農薬については環境ホルモン作用の疑いが低い,あるいは無いと判断していると思われます.さらに,環境省は2005 年に入り,このリスト自体を廃止しました.
 このような状況を勘案すれば,現行登録農薬については,環境ホルモン作用の有無も含め安全性の検討が多岐にわたって実施されており,現在直ちに問題となる状況にないと言えます.したがいまして,使用制限や禁止などの措置は全く不要です.ただし,環境ホルモン作用の科学的解明はまだ緒についたばかりであり,今後の調査研究の進展を待つべきところも多く,今後に出てくるであろう科学的情報を正しく冷静に捉え,適切に対処する必要があります.
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質問 29:野鳥のトキは農薬のせいで絶滅したと聞きました.ほんとうでしょうか?(講演会における聴衆からの質問)
 答え: 中国からはじめてトキが贈呈された際のテレビ解説委員の発言や1989 年の新聞各紙の報道により,「トキがいなくなったのは農薬が原因」ということが,あたかも事実として定着してしまいました.ところが,「トキ衰退の歴史的事実」を検証してみると,事実と全く異なることが明らかとなります.
 トキはシベリア,中国,朝鮮半島,日本一帯に多数生息していましたが,すでに江戸時代に減少の傾向がみられ,明治時代に入り銃による狩猟が許されたことにより急激に減少し,大正時代には見つからなくなり,一度は絶滅したと思われていました.ところが,1926 年に佐渡にトキがいるとのうわさが流れ,その後佐渡で23 羽,能登で8 羽の生息が確認されました.その後,徐々に減少し,絶滅したことは皆様ご承知の通りです.
 これらの歴史的事実は,トキは化学合成農薬が出現する1940 年代以前に,すでに絶滅の途をたどっていたこと,農薬のせいでトキがいなくなったのではないことを如実に示しております.
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質問 30:メダカが減ったのも農薬のせいでしょうか?(講演会における聴衆からの質問)
 答え: 確かに,かって全国の水田のあちこちで見られたメダカは,今では,絶滅が心配される種の一つとされ,保護運動も行われるようになりました.農薬のせいなのでしょうか? 千葉大学園芸学部の本山直樹教授は,野外試験の結果に基づき,「メダカが減ったのは農薬よりもむしろ水路のせい」と結論付けております.
 本山先生は,水田と水路が存在する水田地帯を代表する生態系で,農薬の空中散布試験を行い,水生生物の密度に対する農薬の影響が認められないことを明らかにしました.メダカは水田で卵を産み,水田と水路を行き来します.昨今のように,水路をコンクリートで固めてしまえば,メダカは水田と水路の行き来ができなくなります.農薬を直接水田に散布している限り,「農薬の影響が全くない」とは言い切れませんが,「生態系の消失」がメダカ減少の主な原因と思われます.
 農薬の環境影響については,科学的事実に基づいた冷静な検討・議論が必要と思われます.
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質問 31:リスクコミュニケーションが重要とよく言われますが,どのようなことでしょうか? 教えて下さい.(講演会における聴衆からの質問)
 答え: 残留農薬のような化学物質について適切なリスクコミュニケーションを行うためには,まずその化学物質についてリスク評価を実施し,次いでリスク管理を行い,そのうえでリスクコミュニケーションが行われます.
 その化学物質について,種々のデータや情報に基づいてそのリスクを判定するのがリスク評価です.次に,リスク評価で判明したリスクを受け入れるべきか,低減化を図るべきかを検討するのがリスク管理です.天然化学物質や残留農薬を含め『すべてのもの(物質)は毒であり,それが有害か無害かは,量で決まる』というのが,自然の摂理,科学的事実です.したがって,“ゼロリスク”すなわち“絶対安全”はあり得ません.一般消費者の方々も,物事に“ゼロリスク”は有り得ないということを理解する必要があります.
 リスクについての正確な情報を,一般に広く提供するのがリスクコミュニケーションです.消費者の不安は,多くの場合,正確な情報の不足に起因しています.科学的な“安全性”と消費者の心理的な“安心”のギャップを埋め,社会全体でリスクを制御していくためには,わかりやすい情報を十分に提供し,理解を深めていくことが望まれます.
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質問 32:遺伝子組換え作物にはどんなものがあるのですか? 病害虫に強いといわれている「遺伝子組換え作物」は人の健康に問題はないのでしょうか? 遺伝子組換え作物の導入により農薬を使う必要がなくなると思いますが!(大学における講義受講者からの質問)
 答え: 現在,わが国では研究用は別として遺伝子組換え作物の商業栽培は認められておりませんが,米国を中心に大規模に実用化されております.その中身としては,何でも枯らす非選択性除草剤に耐性の作物が最も多く,次いで害虫に抵抗性を有する(殺虫性タンパク質を含む)作物,あるいはウイルス抵抗性の作物などで,農薬の代替え目的の遺伝子組換え作物が多いようです.最近では,遺伝子組換え技術を利用したガン予防や骨粗しょう症に効果のある大豆などの,高付加価値作物の商品開発も加速しています.
 農薬代替え目的の遺伝子組換え作物は,農家の生産性向上やコスト削減を図れることで主に農家とメーカーにメリットをもたらしていますが,作物を購入する消費者には直接的メリットがなく(作物の生産コストが下がり,間接的に消費者にもメリットがあるとの主張もあります),安全性に対する不安とも相まってわが国の消費者からは敬遠されているのが実情かと思います.
 さて,「遺伝子組換え作物は人の健康に問題はないか」という問に対する私の答えは微妙です.遺伝子組換え作物を開発した研究者の説明,すなわち「目的とするタンパク質しか導入されていないので,人の健康や環境への影響はない」という説明については科学者の端くれとして納得するものがあります.しかしながら,生理的,感情的に,「あえて組換え作物を食べたいとは思わない.普通の作物があれば,それで十分」との思いが一方であります.また,研究者の間で,遺伝子組換え作物に関する開発研究は進んでいるが,その割には安全性に関する研究が少なく,アレルギーなどの懸念を払拭できないと危惧する声も聞かれます.このような議論がある中で,現実には世界中で100 件以上の組換え作物が許可されており,特に米国ではそのような作物や食品が大規模に流通しています.
 ところで,現在,われわれが日頃食べている作物は長い人類の歴史の流れの中で,自然界で偶然に起こった遺伝子組換えによりもたらされたものです.稲,麦,とうもろこし,じゃがいもなどほとんど全ての作物は,もともと自然に生えていた野生の原種の品種改良により生まれたものであり,その過程には常に遺伝子組換えが伴っております.したがって,昨今のバイオテクノロジー技術を用いた遺伝子組換えもこれまでの品種改良と本質的には同一といえるわけですが,大きな違いもございます.これまでの品種改良(自然界での遺伝子組換え)は何十年,何百年という時間を掛けて行われたものであり,その過程で人の健康に悪影響を及ぼすものは排除されてきていると考えられます.一方,昨今の意図的な遺伝子組換えによる品種改良は数年か十年という短期間に行われており,「人の健康や環境に不都合な要因は全く含まれていない」という科学者の説明に納得はできても,ことが遺伝子操作にかかわるものであり,今の科学で計り知れない悪影響が何十年か後に現れないだろうかという一抹の不安を私はもっております.欧州では宗教的倫理観により生物の尊厳にかかわる遺伝子を操作することへの抵抗感から,組換え作物に反対する動きもあるようです.
 現在,わが国では組換え作物の安全性という本質的な問題はあまり話題に上らず,遺伝子組換え作物か否かの表示のみがクローズアップされる傾向にあります.消費者へ選択の自由を与えるという観点より,作物や加工食品における表示が義務づけられてからは,消費者はほとんど例外なく“非遺伝子組換え作物”を選択する傾向にあり,作物供給側の米国の生産・流通現場で混乱が起きているようです.
 このように遺伝子組換え作物が安全か否かについて,あるいは表示問題について議論が白熱しておりますが,一方で,世界の食糧不足を解決し,増え続ける人口を賄う方策は遺伝子組換え作物をはじめとするバイオテクノロジー技術の駆使しかないという現実も控えております.今後,遺伝子組換え作物に関し,安全性問題も含め研究がさらに進展し,皆様にもっともっと明確で白黒のハッキリした説明ができるようになることを期待しております.
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おわりに

 現在一般に使用されている有機合成農薬の始まりは,1940 年代後半におけるDDT,BHC,パラチオンなどの欧米諸国からの導入品と,その後すぐに開発された独自農薬であろう.当時の有機合成農薬の中には,薬効に重点が置かれるあまり,人畜や環境に対する配慮に欠ける薬剤も含まれていた.しかしながら,その後,今日までの半世紀以上にわたる農薬の研究開発の流れを振り返ってみると,それは正に今日社会的に求められている「人の健康と環境保全に資する農薬開発」の歴史であったことが浮かび上がる.
 人畜に対し毒性が低く,昆虫,ダニ,病原微生物,雑草などの標的生物のみに卓効を示す農薬の開発が営々と行われてきた.また,人畜のみならず全ての非標的生物(鳥類,水生生物,土壌微生物,有用生物)に対する毒性が低く,標的生物のみに活性を有する薬剤も続々開発された.さらに,環境中で容易に分解する残留性の低い農薬やごく微量で卓効を示す農薬の開発,ならびに単位面積当たりの施用量を大幅に低減する施用技術の開発が行われてきた.さらに,人の健康を確保するための膨大な数と量の各種安全性試験が実施されるようになった.また,行政面,法律面でもそれらを保障する体制が整備された.
 その結果,現行の登録農薬は,われわれの身の回りに存在する一般化学物質や天然化学物質をはじめとする膨大な数の各種の化学物質の中でその毒性が最も詳細に調べられ,かつ正しく使用した場合の人に対する安全性が最も確保された物質となった.
 このように農薬は適切に使用される限り有用かつ安全であるにもかかわらず,一般の人々には人工の有機合成化学物質が有するマイナス面の代表とされ,その毒性や環境影響が強調され,それらを使用せずに生産される農産物や自然食品,天然物への要望が強く叫ばれるようになった.そのため,農薬科学の研究者や植物防疫業界に身を置く者は,ともすれば自身が置かれている立場の不運を嘆きがちである.しかしながら,むしろ『“食糧確保”と“食の安全”と“環境保全”を同時に実現する』という崇高かつ困難な任務に従事していることに対し,誇りと自信をもつべきであろう.日本農薬学会員をはじめとする農薬科学を志す方々には,社会の偏見,誤解やマスコミの無理解にひるむことなく,これまでにも増して地道な農薬の安全性に関する啓蒙活動を継続的に実施していただきたい.



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